第二部:妻から
ここのところ体調がすぐれない。もちろん彼のせいじゃないことは分かっているのだけれど、イライラすると仕事中でも料理中でも掃除中でも、人や物についつい当たってしまう。この前だって、お皿を何枚割っただろう……わたしの悪い癖だ。
*
「家を建てよう」
そう言ってくれたとき、結婚当初から「いつか自分たちの家を」と、がむしゃらに働いてきた彼の姿を思い出した。私たちはこのために働いてきたんだ。ここ最近はいつもすれ違っていたけれど、ようやくふたりの夢に手が届く。末永く一緒に過ごすための、最高に居心地のいい家……いるだけでみんなが落ち着いて笑顔になれる、そんな家が私の希望だ。
でも彼ときたら、話し合いを始めた途端にデザインや見た目のことばかり、体調の悪さもあっていつもよりキツくあたってしまった。少し反省。でもあまりにも体の調子が悪い、もしかして……。
病院から帰ると、わたしの部屋の前に彼が立っていた。バツの悪そうな背中を見るに、一緒に過ごせなかった休日を反省している様子。振り返った彼に、一筋の涙とともに一言。
「妊娠してた……」
*
それからの彼は家づくりに関して人が変わったように熱心に調べ物をしている。
「やっぱり君の言うように、無垢材の床にしよう。子どもは裸足で育てると五感が鍛えられて、感覚が豊かになるらしいからね。生まれてくる子どものためにも、裸足で歩ける家にしたいんだ」
フフ、もうパパになったみたい。でも彼なりに木について調べるうちにもっと大切なことにも気づいた様子。
「そしてなによりも、家に使う建材は、地球に優しい木を選びたいと思うんだ」
「なんで?」
「地球の資源はこのままいくと危機的状況にあるっていうじゃないか。生まれてくる僕たちの子どもが大きくなるころ、地球がどうなっちゃうのかなって思って……。それでロハスっていうのかな、自分の家で使う建材ぐらいは、ちゃんと環境のことを考えた会社のものを選んだほうがいいんじゃないのかな、そう考えたんだ」
「ふ〜ん」……夢中で話す彼をみて、本当に、彼なりにいろいろ考えてくれたんだなって、感心した。
私はモダンなステンレスのキッチンとか趣味じゃないし、木のキッチンは見た目が好みの素材が見つからなかったんだけど……。今は夫がおすすめの、職人さんが何工程もかけて仕上げてくれたキッチンに惹かれている。
自分たちで計画的に育てた森で大きく成長したニュージーパインを使っているから、木をむやみに伐採しつくすこともないそう。そんなロハスな森の話も、産まれた子どもが大きくなったら、教えてあげたいポイント。
最近はつわりで立ち仕事がつらい私のために、夫も厨房に立ってくれたり……今後はふたりで、いや3人で料理したりしてもいいかもしれないな。
そんなこんなで、家づくりの話をまた始めたのだけれど、ドアも、床と合わせて無垢材にしたいっておねだりしてみた。もちろんけんかしないのが一番だけど、今回みたいに籠城して距離をとってみたら、ダンナもちょっと改心したみたいだし(笑)。
後でけんかの時の話をふたりでしていたら、彼は外から私の部屋のドアをずっと見てた、っていうんだけど、実は私も同じ。夫がドア開けて入ってこないかなあ、って、ずっとドアをみていたの。だからドアは、ふたりを隔てるものではなくて、ふたりをつなぐものなのかも。見るたびにあたたかい気持ちになれるような、いいドアが見つかるといいな。